私が取りあげることになった赤ちゃん・・・その緊迫の夜のこと |

助産院での入院生活二日目の真夜中でした。
ちょうど授乳が終わり、長男を寝かしつけたところでした。
玄関の真横の部屋にいたので、その息遣いはすぐそばで聞こえてくるようでした。
男の人の声、
小さな女の子の声、
そして激しい息遣いの女性。
(お産だな・・・・・。これは私も朝まで眠れないな・・・。)
自分が出産してからまだ丸二日経っていないのに、
今その時を迎えようとしているひと組の家族を冷静に感じている自分がいました。
その時、先生が叫ぶ声が聞こえました。
「○○さん!ちょっと来て~!」
(ん?)
いつも落ち着いている先生の慌て様に、これはただ事ではないとベッドから飛び出し、
一目散に診察室へ向かいました。
「助手の人に今電話したけど、間に合いそうにないわ。手伝って!」と先生。
驚いたのですが、言われるとおりに手伝うしかありません。
妊婦さんは頑張って自力でベッドに上がろうとしています。
ご主人と私でそれを手伝います。
妊婦さんは一生懸命に呼吸をコントロールして冷静を保とうとしているのですが、
目がうつろになっていて、ある一点を見つめているようで何も見ていない、
何か動物的な本能だけで身体をコントロールしようとしているようでした。
先生も手早くお産の準備に取り掛かりますが、
今すぐそこに敵が襲ってきている戦場のような緊迫感と、
先生の激しい動きに、一瞬気をとられた私に先生が叫びました。
「赤ちゃんの頭が出てきてるから、押さえて!」
「はい」と答えてガーゼ越しに赤ちゃんの頭を押さえます。
「この人は、前の病院でのお産で産道が裂けてるのよ。
それが嫌でうちに来たのに、また裂けさせたら大変や!
いい?私の準備ができるまで、しっかり押さえとくんやで~!!!」
「あ、はい!」
ガーゼ越しでも、
私の手にはしっかりと赤ちゃんの濡れた頭と熱い体温が伝わってきます。
そして何よりも、
この世に出よう、今、生まれ出よう、
というものすごい生命の力が私の掌を圧迫します。
妊婦さんの目は完全に焦点を失っています。
そばにいた3歳ぐらいの女の子もさっきまで「ママ~」と言っていたのに、
もう何も言わずにただ状況を見守っています。
ご主人はただ手を握って「頑張って、頑張って」と繰り返すばかり。
ふと見ると、痛みで妊婦さんの腰が曲がっています。
二日前に「腰を曲げたら赤ちゃんがまっすぐ出てこられへんで!真っ直ぐに!」と怒られたばかりです。
右手で赤ちゃんの頭を押さえたまま、左手で妊婦さんの腰に手を当てて、
「グイ」っと押し、腰を真っ直ぐにします。
私の横にいたご主人に
「腰を真っ直ぐに持っていて!」と声をかけます。
準備が整った先生が
「さ~て、バトンタッチ。よう頑張ったね。」といって笑顔を見せました。
それまで時間で言えばきっと2~3分のことだったと思います。
けれど、経験したことのない生命のかかった緊迫感は、
それが16年も前のことなのにはっきりと覚えているほど長く感じました。
そこからは先生の妙技です。
赤ちゃんの頭を押さえつつ、
会陰と頭の間にやさしく指を入れ、
何度も何度も往復しながら少しずつ赤ちゃんの頭を出します。
そして先生の左手の親指と人差し指をぐいと広げ、
その水かきの部分(?)を会陰に当てて保護します。
その瞬間に赤ちゃんの頭がするりと出て、
しっかりと目をつぶった真っ赤な顔とご対面です。
次の先生の動きも素早かったです。
あっという間に肩が出て、
そこからは幾分スピードを抑えて胸からへその緒がついたお腹、お尻、足と
順番に見えて、
全身がお目見えした時に、
私の口から思わず言葉が漏れました。
「かわいい女の子ですよ! おめでとうございます。」
妊婦さんの目にやっと焦点が戻り、
口元がほころびました。
そばにいた女の子も
「わ~!赤ちゃん生まれた~!」とその目は生まれたばかりの妹に釘付けです。
ご主人は涙目で奥さんに声をかけます。
「御苦労さま。よく頑張ったね。」
そうしてご主人が奥さんの頭をなでている間に、へその緒の処理も終わりました。
赤ちゃんは優しい産声をあげながら、
お母さんの胸に抱かれます。
赤ちゃんを中心としたその空気がやさしいピンク色に染まっていきます。
先生が胎盤の処理をしているころ、
ようやく近所に住むアシスタントの助産師さんがやってきました。
「○○さんがいてくれて良かったわ。手伝ってくれてありがとう。」
先生の言葉にホッとした私は、
手早く後産の処置をする先生と助手の助産師さんの中にも、
赤ちゃんを中心に、一人増えた家族が一つになって幸せをかみしめている中にも入れず、
それでも安堵と達成感の中、
早く私の赤ちゃんに会いたいと、足早に長男がすやすやと眠る部屋に戻っていったのでした。